リハ医とは

それは活動医学のマスターであり、チームの監督であり、新領域の開拓者でもある。

入院中だけの「治療」で、生活を診ないのはおかしい

全人的医療が叫ばれて久しい昨今ではあるが、日々の診療や医学を学ぶ中で、それを実感できる瞬間はどれほどあるだろうか。

医師は患者の病を診断し、治療する仕事である。一方、病が治っても、治らなくても、後遺症が残っても、命ある限り患者さんの生活は続く。CRPは下がった。肺炎は良くなった。「何、歩けないから帰れない?それは医者の仕事じゃないから。後はソーシャルワーカーさんよろしく。早く退院させて」 こんな場面を何度目撃したことだろうか。

2週間のベッド上安静で寝たきりになりかつ認知も進み、無理やり家に帰したとしても元の嚥下障害は残っていて1ヶ月後にまた誤嚥性肺炎を起こしブーメラン。もしくは家で転倒して骨折、救急外来で再会…研修医の時によく体験したことである。あの時リハ医がいてくれれば!と歯がゆくなる。主治医の考える「病棟での単独行動に対するリスクマネージメント」としての”安静度”とリハ医の考える「活動時の疾患の重症度から見た適切な負荷量」としての安静度は異なる。すぐに依頼をもらっていれば病棟でもリハ場面でも離床を促進し、嚥下障害に介入して適切な食事形態と方法を周知していただろう。QOLの低下は最低限で済んだかもしれない。

「50代男性、放置された高血圧、左脳出血、右片麻痺、失語」 この条件をみて、急性期における治療方法はいくつも思い浮かぶだろう。それらの治療は、少しでもこの患者の予後を改善するために、非常に重要な手段ではある。

しかし、現代の医学では障害をゼロにはできない。一命はとりとめてもご本人の人生は続く。右半身が動かない、思うように言語が操れない、それでも生きていかねならない。入院中からこれに介入し、退院後につなげる医療を行う必要がある。「疾病を生じた臓器の治療」という観点だけでは、生活を改善させ、ひいては再発や合併症の発生を抑えることは困難だ。

患者さん自身が治す。そのためのチーム。指揮官としてのリハ医

臓器の治療で生活を良くし切ることができないのであれば、何をするのか?リハが他科と違うところは、他科特有の病理的視点は持ちつつも、行動に介入していくところだ。医学部で学んできたのは薬・手術で疾患に介入すると行動が良くなる、ということ。リハで学ぶのは行動に介入すると行動が良くなるばかりか細胞まで良くなっていくということ。

患者さんの行動に介入し、行動を変えるには、本人自身が頑張る必要がある。薬や手術で治せないものを治そうとしているからだ。本人の頑張りを適切なベクトルに持って行き、サポートするには? 魔法のやる気薬なんて無い。チームプレイしかない。

リハ医はまず原疾患の具合や合併症の状態、障害と生活について客観的に評価をし予後を考えた上で、チームメイト全員と情報の共有をする。そして患者・家族のニーズに合わせて退院後のビジョンを考え、プログラムを立てる。これを定期的に行い、適宜軌道修正し、常に患者にとって最良の治療が行われるようにするのがリハ医の大きな役割である。

項目チェックだけの丸投げのリハ処方をチームメイトに出して、行き当たりばったりで方針を決めるのは誰にでもできることだ。患者さんを診た時に予後と起こりうる合併症を短時間で俯瞰し、目標設定し、介入プランを立案する。各チームメイトのプレーがsynergyを生むようにし、最大の効果を発生させるのが腕利きのリハ医というもの。まさに「行動を診る監督」「チームの指揮者」、なのである。

つまりそこには決まりきった、ガイドラインのある治療というものは殆ど存在しない。現在の機能障害・能力低下の他にも病前の身体能力、住環境、職業、家族との関係、交友関係、それら諸々のパラメーター一つ一つで見通しと介入内容が変わる。

独居の人が居る、自宅がバリアフリーで家族のサポートも万全な人が居る、通勤に2時間かかる人がいる、在宅勤務が可能な人がいる。嚥下障害、高次脳機能障害の有無…条件が同じ全く人は二人はいない。つまり、正解は一つではないし、そもそも正解がないのかもしれない。リハ医が「一生車椅子です」と言ってしまったら患者さんは本当に一生車椅子になってしまう。正解がないだけに最初は不安だが、そこは先輩のサポートと経験だ。全ての症例が常に新しく、チャレンジングなものになる。座学も実学も、リハ医にとっては毎日が勉強である。

究極のgeneralistかつ行動のspecialist。運動学・神経生理のマスター

リハ医として必要な知識は何であるか。それは「あらゆる知識」であろう。患者のQOL、ADLに関わる因子の知識は全て頭に入れておく必要があるからだ。内科・外科かかわらず高度に専門的以外の知識は症例から学んで吸収していく。つまり、リハ医は臓器別という枠に縛られない究極のgeneralistと言えよう。

ここまで述べてきたように、リハは活動医学であり、リハ医は行動に着目し、行動に介入する。特にこのポイントで差別化されるのが、関節/筋肉の運動学・神経生理の知識である。例えば肩の痛み一つとってみてもそれは可動域制限をもたらし、患肢のimmobilizationを促進する。すぐさま介入しなければならないが、「湿布と痛み止め」だけでは全く不十分である。

肩の一体どこの部分が疼痛を惹起しているのか。どの動作が疼痛で疼痛が再現されるのか。インピンジメントなのか、関節内の腱の癒着なのか、関節外での腱の炎症・圧迫なのか。それぞれによって「薬」でいいのか、トリガーポイントブロックを行うのか、SABを行うのか、どういったストレッチ、自動運動を併用するのがいいのか全く異なってくる。運動学のマスター、リハ医はまず詳細な触診を始める。

歩行をとってみても、歩き方は100人100通りである。特に脳卒中患者さんではパターンにはまらないことも多い。より運動効率が高く、10年・20年先も姿勢異常や膝・腰の痛みを引き起こさないような歩容にするにはどの関節に介入していくのが良いか。歩行を解析し、議論し、方針を決めていくだけの知識を身につける必要がある。

また脳から末梢神経に至るまで、局在解剖とそれぞれの走行と役割は身についていく。いずれが障害されても患者さんの行動障害を引き起こすからだ。リハ医も診断学と無縁では全くいられない。他科では原因が分からなかった行動障害に対し、筋電図は非常に有用であることが多い。

運動と筋骨格・神経系は一連のシステムであり、切り離して考えることはできない。リハ医はそれらの知識をつなげて一体化させ、頭の引き出しに入れている。

ブルーオーシャンから未来を拓くアイディアを次々に実現させる

リハ医は実臨床だけでなく、最先端の研究場面でも大活躍している。医師が行動・活動の切り口で医学を切り、知見を得ることはこれまで殆ど試みられてこなかった。よく耳にするロボット工学や脳神経科学を応用した機能代償、機能回復に関するトピックは研究されているようで、実はまだまだ手つかずのフロンティアでもある。頭からつま先まで全て、どの行動にも介入するリハ医の領域はまさに他科、他国の手がついていない、完全なるブルーオーシャンとして目の前に広がる。

近年隆盛著しい再生医療分野においても、再生した細胞・組織の移植だけでは十分な効果が望めないことが予想されており、リハ医学が培ってきた運動学習理論が大いに期待されている。

どの科でも例えば移植をしても再建術をしても、必ず必要になるのはリハビリテーションなのである。つまり、当然のこととしてロボット工学をはじめとする最先端の研究と日常診療の垣根が低く、他科連携と学際的交流がご゙く当たり前に存在する。

慶應リハでも理工学部と協力し、Hybrid Assistive Neuromuscular Dynamic Stimulation (HANDS) 療法やBrain Machine Interface (BMI )を用いたニューロフィードバックトレーニングで中枢神経の可塑性に挑み続け、そしてついにBMIは製品化の最終段階に入った。

人工知能(Artificial Intelligence)に関しても、動作解析や予後予測といったリハ診療に用いるための研究が当教室でも次々とスタートしている。新領域を切り拓き続けるリハ医学に医師がいらなくなることはないが、診療補助としてのAIはリハ医のプランの精度向上に大きく寄与し、医療者・患者さん両者に恩恵をもたらしてくれることだろう。

いわゆるスマートリハ の発展に向け、IoTの活用も他科に先駆けてリハは進んでいる。慶應湘南藤沢キャンパスとの研究では病院に留まらず自治体と連携し地域全体でビッグデータの収集・管理を行い、通院経路も含めたより効率的な街づくりに活かす計画が始まっている。

さらに、リハビリの応用範囲は地球上だけに留まらない。宇宙。微小重力環境に晒された人体では筋力、持久力、骨量、心肺機能の低下など、廃用症候群に似た変化が生じ、帰還後も重力環境への不適応や前庭感覚の障害により転倒リスクが増大することが報告されている。宇宙空間での効率の良い移動方法の開発、機能低下の予防、帰還後の重力への再適応などにもリハ医学が関わっている。JAXAへの人材派遣も含め、有人宇宙開発においても重要な役割を担っている。

巨大な需要があるものの、まだまだ少ない「リハ医」

診療科の臓器別再編の対極で、心身の症状を全体的に見据える科として、リハ科は日本専門医機構の定める基本診療科19領域の1つとして定められている。つまり、内科・外科・産婦人科などと同様、リハ科は専門領域の1つに認定されているのである。

急性期病院では主科からコンサルトを受け、一般的な急性期疾患の入院中のリハ介入を行う。そもそもリハ医がいない急性期病院が圧倒的多数であるが、いる施設では特に嚥下や麻痺の評価、改善、そしてがんのリハにおいても他科・チームからの信頼は厚い。

大学病院ではこのような急性期病院としての特色に加え、特殊疾患や難病・最先端手術のリハ、新たに開発されたリハ治療のtrialなどの臨床研究、基礎研究など、アカデミックにも活躍できる。最先端治療ではリハが確立されていないことが多く、これに対し英知を結集し結果を出していくリハ医は院内でも一目置かれる存在である。

回復期病院ではリハ医は主治医となる。命の危機は去ったが障害を残した方々に対し、内科的治療も行いつつ障害の継時的評価と介入を行なっていく。数ヶ月の入院が一般的であるが、その時間は長いようで有限である。いわゆる強化合宿の期間でどれだけ患者さんの能力を上げられるか、退院後の道筋をつけられるか。リハ医の腕の見せ所であり、主戦場と言っても過言では無い。

リハビリの需要は病院内に限らない。在宅の維持期の患者の生活をサポートするという役割はもちろんだが、高齢化社会の進行や、予防医学の重要性の浸透に伴って、地域でのニーズ も高まっている。つまり従来のアプローチでは対応が難しかった加齢に伴う機能障害に対して、リハビリの視点からsolutionを提供し、生活の質を維持、向上させることが必要とされている。最近では訪問看護、訪問/通所リハなど、地域の福祉を支える他職種と連携して包括的に地域を支える診療所や病院を開業するリハ医も増えている。

このように、医学の進歩、技術の発展、時代の変化に伴って、質の高いリハ医の需要は広がり続けている。全国の一般病院7416病院のうち、「リハビリテーション科」を標榜に掲げているのは73.2%にあたる5429施設である(平成27年10月時点)が、現在リハビリテーション専門医は2100人(平成28年6月時点)しかいない。公式な試算でも現在、必要とされる専門医数は 3000 〜 4000 名と推計されるが、高齢化がさらに加速することが必至な現在の状況では必要数はさらに増加していくだろう。このリハ医圧倒的不足の現状を打破するために、一人でも多くの仲間が必要とされている。

慶應リハでは1年中見学を歓迎しているが、地理的制約で東京に見学に来られない方も多いだろう。そんな時はリハ医学教室のある最寄りの大学、リハ医局のある病院の門を叩き、是非見学に行って欲しい。皆さんとリハというユニークかつ普遍の共通言語を通じた仲間になれる日を心待ちにしている。